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ウィステリア城 主の部屋

な、なんだか主というと偉そうに聞こえますが、 ごくごく平凡な人間のごくごく普通の日記…のはず。
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事実は小説よりも奇なり

長い間はまっている平安文化と平安文学。最近、更に萌えてます。 
今回はその萌えポイントをお伝えしたく日記を書きました。 
どうぞ学生時代に戻った気分でお読みください。 
中高生に毛が生えた程度の私の知識ですが(私より詳しい人は沢山いるでしょうが)、お楽しみいただければ幸いです。 

ではでは。 
藤咲紫亜の歴史と古典の授業の始まり始まり~ 




「なにしをはば いざこととはむ みやこどり わがおもうひとは ありやなしやと」 
(都鳥という名前ならば、さあ尋ねましょう。都にいる私の愛しい人は無事でいるのかと) 

この歌は、平安初期に作られた伊勢物語という作品の中の歌です。 
伊勢物語は在原業平(ありわらのなりひら)と言う人が主人公と言われています。 

在原業平は両親ともに天皇の子孫で、血筋で言えば非常に高貴な男性です。 
「うたこい」という漫画の主人公ですよね。 
この人、「うたこい」での扱いでもそうですが、なかなか面白い境遇と個性の持ち主なんです。 

お勉強は得意じゃないが歌の才能はピカイチの平安時代のモテ男。 
何千人の女性と関係を持った超イケメンという説もありますよね。 

在原業平は桓武天皇の直系の曾孫です。 
何故それほどまで血統に恵まれた彼が親王(皇子)ですらないかというと、彼の父が政争に負けた歴史があるからです。 

■時代を遡って見てみましょう。 
桓武天皇や業平の系譜を考える前に、もっと昔のこともちらっと覗いてみましょう。 

日本の三賢人は誰か?という話題で必ず名前が出るのが、聖徳太子ですよね。 

時は平安より更に昔の飛鳥時代。 
豪族達による血生臭い政争の末、西暦593年、女性の推古天皇が即位しました。 
推古天皇は、自分の甥である厩戸皇子(聖徳太子)を皇太子とし、政治を任せました。 
聖徳太子は、推古天皇にとっては同母兄(用明天皇)と異母妹の間の子供です。 
……異母とは言え兄妹で結婚しちゃってた日本の皇族達。 

その推古天皇が崩御した後、二人の皇子が天皇候補に挙がりました。 
一人は聖徳太子の息子(とされる人)。 
もう一人は、推古天皇の夫・敏達天皇が推古天皇以外の妃達との間にもうけていた異母兄妹、その間に生まれた田村皇子です(ここでも異母兄妹を両親に持つ皇子が…)。 

人気があったのはやはり聖徳太子の息子で、聖徳太子は蘇我氏の血筋でした。 
しかし当時政治の実権を握っていた蘇我蝦夷は(聖徳太子の息子の有能さを嫌ってか)皇族として本流である敏達天皇の孫である田村皇子を天皇に据えました。 
これが舒明天皇(在位629-641年)です。 

舒明天皇の時代、政治の実権を握っていたのは蘇我蝦夷。 
舒明天皇自体はそう有名ではありませんが、舒明天皇の家族には日本史で一目置かれる人が続々と現れます。 

舒明天皇の有名な家族その1、奥さん。父は舒明天皇の異母兄、母は欽明天皇の孫娘(舒明天皇にとっては従妹)という天皇家の血を濃く受け継ぐ人でした。ざっくり言って姪っ子をお嫁さんにしたという事ですけど。 
この女性は、夫・舒明天皇の死後に皇極天皇として即位します。 
舒明天皇が崩御した時、皇極天皇は二人の皇子と一人の皇女の母でしたが、継嗣となる皇子が定まらなかったらしい。 
皇極天皇時代(642-645年)は、相変わらず政治は蘇我蝦夷とその息子の蘇我入鹿に牛耳られていました。 
入鹿は蘇我氏の命令を聞きそうな皇子を天皇にしようと画策し、その邪魔になる聖徳太子の息子を一族揃っての自殺に追い込みました(643年)。どうも、蘇我氏が握っている政治の実権を天皇の手中に取り戻そうとする動きもあったとか。 
でも蝦夷は入鹿に激怒。 
人望の厚い聖徳太子の一族を根絶やしにすれば、周りから激しい恨みを買うと分かってたんでしょうね。 
この事件で、有能な聖徳太子の血筋は絶え、蘇我氏を抑えられる人がいなくなってしまいました。 

さて皇極天皇の在位最後の年、645年。 
日本史では有名な語呂合わせの年ですね。 
ムシゴロシです。 

ここで出てくる舒明天皇の有名なご家族その2、中大兄皇子(息子)。のちの天智天皇ですね。 
西暦645年、舒明天皇・皇極天皇の息子の中大兄皇子(19歳)と、その親友・中臣鎌足(34歳)が中心となり、蘇我入鹿を討ちました。 
翌日に蘇我蝦夷は自害。 

このクーデターの成功後、皇極天皇は直ちに中大兄皇子に譲位しようとしたものの辞退され、二歳下の弟へ譲位。 
孝徳天皇の時代の始まりです。 
中大兄皇子は皇太子となり、政治の刷新を行いました。これが大化の改新。 
豪族が力を持っていた時代から、皇族が力を持つ時代へ。 


長くなりそうなので、ひとまずここまで。 
本題がまだまだ遠い…いや私の最大の萌えポイントはあくまで平安時代なのです。 
続きが書けたらまた後日。

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